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2010年でブランド設立60周年を迎えたピエール・カルダン

2010年でブランド設立60周年を迎えたピエール・カルダン。建築家になるためにイタリアからパリへやってきたピエール・カルダンは、その才能と努力でパカンやスキャパレリ、ディオールの元で腕を磨いた後に独立し、自分のクチュールメゾンを立ち上げました。

人と違うことに挑戦し、先見性を持ったピエール・カルダン

ピエール・カルダンによる今までにないデザインの紳士服は物議をかもすが、紳士服の将来を先取りした作品との評価を獲得した。
また、クチュリエの中ではじめて販売をした婦人服のプレタポルテは、現在の女性の社会進出を予見したものだった。
そして、コスモールというコレクションでは宇宙への関心を表現し、時代の先を行くピエール・カルダンの先見性に世界中が驚愕した。
60年代始めには、白人中心だったモデル界で日本人の松本弘子さんを専属モデルに紀陽して、世界中の話題をさらいました。

森英恵(もりはなえ)や高田賢三(たかだけんぞう)も
ピエール・カルダンから学ぶ

1958年に日本に初来日したピエール・カルダンは生地を直接人体にあてる立体裁断の講習会を1ヶ月間各地で開催しました。その受講生には森英恵や高田賢三といった日本を代表するデザイナーもいました。
ちなみに、中国や崩壊前のソビエト(現ロシア)で最初にファッションを行ったのもピエール・カルダンです。

あらゆる分野に進出したピエール・カルダン

ピエール・カルダンほど世界中で名前が知られているデザイナーはいないでしょう。
ピエール・カルダンは洋服を作るだけに飽きたらず、建築や家具、車、飛行機、生活用品、香水、食品といったあらゆる分野に進出しているからだ。
ピエール・カルダンは現在、世界110カ国で800ものライセンシーを持つブランドに成長している。

広い好奇心と活動範囲の広さ、そして社会貢献

ピエール・カルダンの文化に対する興味や支援は尽きず、1970年に開設したエスパル・カルダン劇場では積極的に新人アーティストたちに発表の場を提供しました。また、各国の伝統芸術を紹介し、国際交流にも貢献しています。
1976年には既成概念を覆す芸術的な家具を発表し、その彫刻作品のような家具は「使える彫刻品」として多くの人を魅了しました。
さらに、自動車やジェット機でもボディから内装のデザインまで手掛けました。
2001年、ピエール・カルダンはマルキ・ド・サド侯爵が持っていたお城も購入しています。そのお城は「芸術の館」として毎年夏にはフェスティバルを開催し、文化活動の場として活用しています。

ピエール・カルダンを一言で表すなら・・・

ピエール・カルダンはプレタポルテを始めた最初のオートクチュール・デザイナーとして、またライセンスビジネスという新しいビジネスの携帯を成立させたクリエイティブなビジネスマンと言えるでしょう。
現在でもピエール・カルダンの功績はファッション・デザイナーとしての枠を超えたところで大きな輝きを放っています。
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